現実化されているものは、自分が以前にイメージの中で創り上げたものです。
そうでなければ、今、ここにはありません。
私達には、過去生というものがあって、今は平和で良い時代なのですけど、食べるものにも困った時代もありました。
着る服や、住むおうち、お金に困ってた時代もあったでしょう。
自分の過去生は、キリスト教の修道者だった時があったそうです。
今専業主婦をしているというのは、結婚生活に憧れていたかもしれないし、今困っていないのは、前世の功徳の恩恵を受けている可能性が高いです。
自分は若い時は結構人を馬鹿にしたり、下に見たり、見下したりもしましたし、自分は人が思うようないい人ではなかったです。
若さゆえの過剰な自意識の強さだったのかもしれません。
どうせ、もう歳を取ったのだから、稲穂のように頭を垂れて生きていかないといけない世代に来ています。
自分はこんなに老衰していくとは夢にも思っていませんでした。
でも老いは来ますね。
自分のおばあさんに、しわしわの手だと言った自分を叱りに行きたいです。
自分もそうなっています。
カサつくというか、潤いがなくなっていくというか。
指ペロもします。
支払いの時です。あと、レジ袋を割く時に。
だって、お札の数え間違いをしたくないですから。
ペイペイもクレジットカードも、もうどうしても使わないといけないと言われないと、使う気がしません。
携帯を忘れたり壊したり落としたら生命線が終わるのがちょっと怖いですねー。
自分は時代についていけないです。
現金払いが今後いつまで出来るのかわかりませんが。
過去生の事も現実化に絡んで来ることもあると思います。
諦めが肝心ということわざもありますので、いつまでも同じ夢に執着しない方が、軽く叶うと思います。