自分のビジョンが実現する時のエネルギーを感じてください。
もし、自分のビジョン、願望が満たされたら、どんなふうに感じるか、それを今感じてください。
自分は事情があってテレビを見ていないので、ごはんを食べる時はYou Tubeを見ているんですが、物価高に伴い、ダイソーの便利グッズとか、NISAだとか、貯金の動画や、経済の動画、日々の節約の動画などがボコボコ上がってきていまして、その中に、貧乏飯の動画があったので、見てみました。
というより、流れてきました。
小麦粉でクッキーやパンやピザ、お好み焼きを作っているのです。
具なしでしたが。
具なしなのですが、動画内で粘土のように形になっていくのです。
自分は、めんどくさくて買って来てしまうタイプなので、その動画を見て反省したのです。
お金がないから工夫して小麦粉と水だけで、クッキー、ピザ、パン、お好み焼きを上手に作っているのです。
小麦粉の多様性にビックリしたのと、時間と手間をかければ形になっていく、という事が確信と言って良いのかわからないのですが、事実な現実ですよね。
文句だと思われたくないのですが、時間と手間をかけていないのに、結果だけを欲しがる人がいます。
そういう人は自分はやってる風なのですが、それこそやってる風なのです。
見てわかったつもりになっています。
そして、自分だったらこうする、自分の方が上手く出来る、などと思い、軽く馬鹿にしたりします。
行動力がないのです。要は。
自分のいとこの行動力は半端なかったです。
いきなりサンドイッチが作りたいと言い出して、自転車でスーパーに一緒に行ったのです。
そして、サンドイッチ用の薄いパンを買ったんですけど、ライ麦入の茶色いやつを買っていたんです。
そこで、自分はすげえって思ったのですが、その頃は意識高い系でもなんでもないワンレンボディコン爪長ハイヒールの時代の、バブル時代と言われている世の中だったのです。
確かにそういう時代だったので、彼女もそういった服装をしていなかったわけでもなく、男性が振り向いてしまうくらいのちょいマブ女だったのです。
それを横目にさっさと家に帰りサンドイッチ作りを始めて完成させていました。
自分も貰って食べたと思いますがその事はあまり覚えていません。
高校生くらいだったと思います。
自分も同級生だったんですけど、自分はたまご蒸しケーキ4個入を買って食べていました。
意識低い系ですね。
行動力がある人ってマジで半端ないくらいに行動しますよね。
あの一件で自分は料理の場合にのみ、作ろうと思ったらすぐ行動しています。
今もあの時の彼女の行動が忘れられません。
で、動画で見た貧乏飯で自分もお好み焼きとパンを作って見ました。
両方とも手前味噌なのですが、美味しかったです。(_ _)
自分は料理をもうちょっと頑張ろうという事を日々掲げています。
掲げているだけです。あはは。
簡単レシピとか、出来そうな料理は何回も見て頭には入れています。
趣味は動画を見る事になってしまっています。
あはは。
行動力半端ない系の悪い所というのは、ありえない失敗をして再起不能になる、ということでしょう。
まあそうなるくらいなら、行動しないで大人しく生きていこうという消極的選択をしてしまう方の方が多いとは思いますが、どちらも一長一短です。
良いところもあれば悪いところもあります。
どちらかに片寄る人が多く行動出来ない派の方が多いのではないかな。
バランスが大事かなと思います。
バシャールの、言葉に戻ります。
自分のビジョンが実現する時のエネルギーを感じてください、と言っています。
自分の意見なのですが、俺はこいつに勝ってドヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ってしてやるぜヘッヘッヘ
という願望は願望と言わないです。
恨みを果たしただけ。
別の敵が現れる事になります。
要は、ゲームの繰り返しなだけで願望は達成されたとは言えないのです。
戦いの場所には願望実現はないと思います。
願望実現というのは競争に勝つという事ではありません。
願望実現というのは、ぶっちゃけ平和なのです。
戦争と平和という本があり、両極端なのですが、競争と願望実現も同じくらいの位置にいると思います。
競争はキリがないのです。
7億人も人口がいる限り勝つことは絶対に出来ないからです。
競争とは世界と戦う行為と言っても過言ではありません。
自分が素敵な異性と海外のプールサイドで、トロピカルジュースを飲みながらゆっくりスマホをいじったり、音楽を聞いたりしているビジョンは誰も侵さないし競争もありません。
でもそれこそが自分が本当に望んでいることなのです。
要は愛を感じる事なのです。
自由な時間、日常のいざこざを忘れて青い空の下で遠くには海が見え、目の前にはプールサイド、ビーチにはキャッチーなオシャレな音楽が流れ、自然と戯れて(たわむれて)自分が自然そのものになっている感覚。
そういうビジョンを描いていく。
他人が何をしても自分は自分のビジョンを見ていれば良いのです。