バシャール①

2024年07月02日 08:15

すべては今ある

今まであったものすべては今あります。
時間も幻想です。
過去世だの、来世だのは、今、現実に存在しています。







今回は短いですが、ここで切っておきます。










自分はもうなくなってしまいましたが、自分の実家から見える二階の窓で見る夕日がとても好きでした。



迫ってくるような迫力で、圧倒されるくらいの美しさでした。



この景色を与えてくれた父とおじいさんに感謝しています。



「アニメドラえもん」ではありませんが、昭和には余った土地というか、何もなくてただ転がしてあった空き地が何件かありました。



で、「アニメドラえもん」みたいに、集合場所になっていたりしました。



自分の場合は、土管の山ではなく土の山でした。



友達が、その(他人の所有している空き地)で家族みんなでピクニックをしたと言っていました。



自分はそれを聞いて、人によって、珍しい場所というのは、それぞれなんだなあ、と思いました。



確かに広い土地でしたが。



空き地なのですが、草花があって公園っぽくなっていた感はありました。



一人で自分は遊んでいました、というのは、金網が土地に包囲されていて、明らかに立ち入り禁止っぽい雰囲気だったので。



でも、昔の土地持ちのお金持ちに子供が一人で遊んでても何も言われる事はありませんでした。



だから、自分はそこを、勝手に「秘密の場所」というくくりにして、お友達を連れていったのですが、思いの外気に入ってしまったらしく、そこで家族を呼んでピクニックをした、というわけです。



向かいの駐車場では、たんぽぽやシロツメクサが咲いており、一生懸命四つ葉のクローバーを探した思い出があります。



四つ葉のクローバーがなぜ縁起がいいのかというと、そのものがレアで珍しいという事もありますけど、四葉は十字架に例えられていて象徴とされているとの事です。



ですが、四つ葉のクローバーというのは、どんなに探してもありませんでした。



ですので、四つ葉のクローバーは「かっぱ」とか、「雪男」とか「ツチノコ」くらい、レアな存在なのではないかと思われます。



四葉だから「しあわせ」だとか、語呂合わせもいいですが、世界中でも縁起の良いアイテムとされています。



で、昭和なので、駐車場で遊んでいても何も言われないし、怒られもしませんでした。



むしろ、地主がおばあさんの友達でしたので、自由に遊ばせてくれていました。




自分は子供時代に遊ぶ場所に全く困りませんでした。




自分は田舎に育ち田舎で死んでいくと思います。




むしろそれが最高であるのです。




が、人はやはり平等だと思うのは、「人は良い事もあれば、悪い事もある」ということです。



悲しい事は思い出したくないので、伏せておきますが、思っているほど人は出来事に差がないものなのです。



だって同じ人間じゃないですか。



のほほんと生きているせいか、徒党を組まれて悲惨な目に合うこともありますし、自分は家に籠もっているのが一番幸せを感じます。



黒人だったり、白人だったり、人種が違うもの同士の理解の意思の疎通は上手くいかないかもしれません。



自分も無理をして仲良くしよう、歩み寄ろうみたいな善人ぶるのは止めて、恐る恐る疑いながら、横目でチラチラ観察して何度も確認を取ったりしてもいいだろう、と思うようになりました。



黒人も白人も「強い」です。(何が?)



ガッツというか、ポテンシャルというか、魂というか。



どうして強いのか、自分にはわかりません。



ですが、黒人は増えていっていますし、白人も増えてるのに対してアジア人の出生率はどんどん下がっていっています。



ということは、やはり東洋人というのは、「遺伝子が弱い」と言わざるをえません。



うーん、自分としては別に人種問題はあまり興味がないんですよね。



ただ先入観は植え付けられているので、ステレオタイプな考え方にはなってしまうかもしれませんが、普通に生活をしていたら巡り合う事はないでしょう。




言い方は失礼になってしまうかもしれませんが、「人には波長の法則」というものが、あります。



恋愛も結婚もしかりで、「イケメンと美人」だけが恋愛が成立をするのなら、その他の人間は淘汰されていないとおかしいです。



(牙を向けPeach)



つまり、「底辺と底辺のカップル」というジャンルも存在するでしょう。






でも、それには、基本的な「人を愛したい」というDNAの本能があるのです。



「底辺と底辺同士の恋愛」ならば、くっついて離れるような事も起きるでしょう。



そういう失敗を防ぎたいから意識が高めの相手を狙うのではないでしょうか。






白人に接触があったのは、教会に通っていた時に「神父」という存在がいました。



なんだかんだ言って御縁があるじゃない、Peach。



忘れてたわ。



自分はアメリカ人の神父が大好きでした。



彼は、ずっと横浜に住んでいましたが、自分の地元にも来てくれていました。



もう70歳のお年寄りだったのですが、アメリカンジョークの好きな陽気な方で、日本食も黙って食べているのですが、ジャンクフードが実はお好きで、横浜の司祭館に帰る時に内緒でマックでバーガーを買って食べるのが楽しみなんだ~と言っていました。



まあ、マックのバーガーくらいは全然許容範囲でしょう。



形だけの禁止ってなものです。



多分みんな内緒でやっています。





神父はNY生まれNY育ちの方で、日本語がとてもお上手でした。



日本食も日本語も自分が日本人であるならば、当然なのですが、外国人である場合慣れるのはとても努力がいる事です。



自分がNYに住んだらきっと英語でまくしたてられるのも、食事もきっと飽きると思います。



少し海外に住んで日本に帰る人も多いかと思います。



自分も好き嫌いが多い人なので、嫌いな物も我慢して?食べている「外国人神父」が不憫に思ったりもしました。



酢飯をアメリカ人が本当に好んで食べているのか?という疑問。



酢飯というのは多分ですが、江戸時代くらいのものであり、腐らない為の工夫であると思うのです。



「ポキ丼」「アヒポキ丼」には、酢飯ではなく、ご飯が下に入っていると思います。



実は酢飯は苦手なのでは。






イタリア人神父は、とにかく明るい太陽みたいな人でした。



悪意がなく、ジョークにしてしまえるような方で、クマのプーさんみたいに包容力のある方でした。






フランスの神父は、評判はあまり良くなかったのですが、シスターには「良い神父様よ」と言われていました。



(でも彼のファンはいましたよ♪)



物腰が柔らかく、でも言うことは言う方でした。



自分は全然嫌いではなかったです。








自分は日本にいながら外国人に会う率が高いのです。特にアメリカ人です。



自分がアメリカ人が好きだと思うのは






人は人自分は自分






を言わなくても当然のように常識のようにしている所です。



生まれや育ちが違うことは当たり前ですし、それが嫌なら自分の力で這い上がるしかないじゃないですか。



普通に正攻法ですよね。🤔






「立つんだジョー」

丹下段平  あしたのジョーの漫画






このセリフ永久保存じゃないですか。



世の中殺し合いみたいなようなものです。



このセリフは、見事なフラグ案件なのでしょう。



力石戦後、ジョーが頭部を打てないという致命的な欠点が露呈しました。



力石が試合後死亡したのです。







うーんと、






引退すればよかったんじゃないかな〜。








いやいやいや





相手が死んじゃったらそりゃ攻撃できなくなるに決まってんじゃん。🤬









Peachこれは漫画だよ?漫画!





あ、そうか。うむ。ウム





まあとにかく、今の自分が本当の自分なのです。



良いことも悪いことも、含めて自分です。



言えることは、



完璧な人間なんていません。



成長は人にはわからないのかもしれませんが、嘆いたりしなくていいのです。



自分が頑張ったと思う事の方が大切です。









シスタ Peachのお祈りの時間です🙏






子供だった自分も、大人になった自分も、思春期だった自分も愛します。



そして、自分が出来ない事は出来なくて良いということを 再確認させてください。



好きなものも嫌いなものも、全部自分に与えてくださってありがとうございます。



嫌いなものに対処する時、嫌がらず対処できますように。



自分の力を信じて物事に取り組めますように。



宇宙の無限の供給をいつでも素直に感謝して受け取る事ができますように。






不機嫌な人々の為にお祈りします。(_ _)



自分や他人との戦いを和らげてください。



争いを避けられるように、盾をお与えください。



無駄な争いを避ける事ができますように。






みなさんの夢が誰にも邪魔されないようにお祈りします。

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