バシャール①

2024年09月16日 15:15

破壊を信じた人

破壊的な力への恐れが、破壊的な力を強化していきます。
そして、ネガティブなものを自分の人生に引き込んでしまうことになります。
ですから、天変地異というようなものがまわりに起こったとしても、それはその地域の人が他の変革が可能であることを信じることができなかったということを意味しているだけです。










ここの部分は実際に災害の被害に合われた方がいらっしゃるかもしれませんので、控えめに言葉を選びながら述べていきたいと思います。




自分がなんだかんだいうと、非常識になりかねません。




死者も平気で万単位になるものに、「過去のカルマの仕業である」とは言えません。




ただ、フラットに見ていただきたいのは、死は終わりではなく、苦しみが終わった喜びなのです。ひとつの生が終わっただけという事実がフラットな見方です。




死ぬというのは不幸という見方も出来ますが、逆に言う事も出来るのです。




死んでしまうとその人はお金の心配も、病気の苦労や、仕事の辛さ、(もしされていたら)パートナーの浮気にも、会社の人間関係、容姿の劣等感、不平不満という苦しみすべてがなくなってしまうのです。リセマラっていうやつですね。




お腹が空いてひもじい思いをする事もなく、貧しい生活を耐える事もないのです。身分もないです。差別もなく。




軽くそれは「天国」ではないのかな。




この地球に生まれてきた自分達は願望実現するために生まれて生きるわけですが、すべての人が願望実現出来る保証はありませんので、




体があるから私達は悩んだり苦しんだり相手を妬んだり憎んだりするのです。




そういう意味では「災害でポックリと自分が何も知らないまま死ぬ」
というのはあながち悪いことではないのです。体の痛みが伴ったとしても自分はあまりに痛いと意識を失うように人間の体はなっていると思うんですよね。




「死ぬ」という事に対して災害で死のうが病気で死のうが自死しようが、死ぬものは死ぬものです。




ただ人間は「本能として生き残る」という事や、「種の保存の本能」があるので、「優勢と劣勢の競争」はあるのだと自分は思うのです。




📗




旧約聖書での「出エジプト記」では、エジプトの貴族より奴隷の方が増えまくってしまったため、内乱を恐れた貴族が色々と奴隷の出産を規制して男の子も👦
殺したりしたりしていました。




自分は過去の物語とはいえ、子供を殺すのがグロいなと思っていたので、ここの箇所は苦手なのですが、モーセが奴隷を連れてエジプトを出ていくという風な展開になっていきます。




その間多くの人々の食料はどうしていたのかというと、モーセが神に祈ると向こうからうずらの鳥たちが「鴨ネギ(鴨が葱を背負って来る)」のようにやってきて、それを焼いて食べたり、「マナ」というパンのような甘いものを空から振らせて人々はそれをすくって食べていたのです。




エジプトの兵士達に追われた時にモーセが祈ると海🌊がパッカーンと割れて、「逃げろ〜」と逃げたというのもどこかで聞いたことがある有名なお話ですね。




ですので




希望もありますので死は不幸ではなく、大往生出来たと思えばいいと思います。




🌲🌲🐦🌻🌊




「悪い予感が当たる」というのは、誰でも経験はすると思います。私達は日々の不安をどうしても現実化してしまうのですよね。同じ所をぐるぐる回っているような。




結局ですね、




我欲を捨てないと人間は幸せにはなれないのです。




どんなに大きい夢や理想を持っていたとしても、エゴはエゴでしかない、という事です。




なぜかというと




人間には、生まれ持った能力があります。




うさぎにはうさぎの、猫には猫の能力があるのと同じです。良い悪いの判断抜きなのです。




人間だけがそれを我欲によって捻じ曲げようとしているのです。




サッカー選手はサッカーの能力があるのです。サッカーびいきです☆




人の能力を羨ましいと思うのまではいいのですが、憎むまでいくと、それは我欲になってしまい、永遠に解決はしないのです。




そりゃブサメンから見たイケメンは女子からキャーキャーと言われて気に入らないのかもしれません。




でも、多少見劣りはしても一人は自分を好きだと言ってくれた女子がいたはずなのです。




人間は欲深く罪深いので自分を好きだという女子を平気で足蹴りにするのです。いやいやいや自分がそいつを蹴りたいです。




要するに「欲望」までは良いのですけど「欲を出してえり好みし差別する」とこまでにはなってはいけないのです。




自分の能力以上のものを望めばそりゃ叶わないのでヤサグレるに決まっているのです。




ですから苦しみを自分で作って苦しんでいる人も結構いるのです。




婚活男女がそうかな〜と思います。結婚しても相手の欠陥が直るわけでもないのですがね。




💒




重複しますが、人の能力は生まれつきのものです。




うさぎはうさぎの生き方があり、猫には猫の生き方があるというシンプルな事なのです。




欲を出して叶わない、と苦しくなっているのは自分だけなのです。




仏教の宗教観では来世の為に今を大事に生きるとか、人に優しくすると来世は美人に生まれる事も信じられています。




仏教は、肉体よりも精神的なものに趣(おもむき)を置いているために肉体は重要視しないのです。なので自身で見切りをつけてリセマラしたりするようですが、肉体は物体くらいな意味のない価値観であるようです。




仏教国が発展しないのは、贅沢があまり好まれないからなのだと思います。貧しいのが美徳くらいの価値観かもしれませんね。




キリスト教国の方がラグジュアリーだとか、リッチだとか、ゴージャスだとかそういうモノが好きですよね。生まれ変わりがないという価値観だからですかね。




引き寄せの法則もキリスト教の教えに反した人々が「ニューエイジ」という世代を経てスピリチュアルな方向に向かいました。




結局一番人を動かしているものは「時代」であるかもしれません。




でもしかし




欲を出すと欲張り者の爺さんと婆さんは持っていた財産も全部無くなってしまいましたとさ、ちゃんちゃん。で終わるのです。








👴👵(意地悪爺さん意地悪婆さん)「ちゃんちゃん」








キリスト教徒仏教を合わせて「ただ日々を淡々と生きていく」というのがいいかと思います。




期待すると失望するだけですから、期待はしない方がいいと思います。




期待というのは自分の勝手な思い込みですからね…これです、これ。




過剰に期待するから裏切られるのです。自分なんて自分の分身である「ツインソウル」にすら裏切られましたからね。一緒に地球に降りて来てるわけでしょ、けれども成長の度合いが違うという事もあるようですね。




良い子バージョンと悪い子バージョンがあるようです。自分は真面目ガッチガチの方です*




(•ө•)♡ボチボチやればいいと思います。個人の感想ですが。(^v^)




🌴⛱




ビーチに行きたいけどまだ暑いから…まだ旅費も高いし…




💳お金が空から降って来ますように🤲




🙏




今カード破産者が増えているみたいですね。




自分はまだ現金派なのですが。店員の態度が冷たいです…無言で圧を感じるけれど耐えています。自分はカード払いが不正利用されそうでちょっと。




もちろんカードも使っています。その他の支払いはしていません。




カードだと💳毎月の支払いが増えてしまって大変ですよね…
最近は現金もあっという間に無くなってしまいます。
先月の電気代が4万円超えて来てて支払いたくないです。温度の設定が低かったからいけなかったのかな…




🌊




🍍




人は出来る事しか出来ません。





🛸☄




これは生まれる前から決まっているためです。




「嫉妬」という感情を手放す事が「今の問題の課題であり目標でありテーマ」かもしれないです。




理屈通りにいけばこんなに悩む事もないのですけど。




嫉妬は人を成長させてくれる先生だと思えばいいと思います。




嫉妬がなくなると人生はめちゃくちゃ楽になります。




私達は人生でただ起きて来る事を楽しむくらいがちょうどいいと思います。




「偶然というハプニング」がより楽しく思える秘訣かもしれません。




こういう時に「残り物に福がある」ということわざがある事を思い出してほしいです。




野に咲く花もお花です。地球は無料で楽しませてくれるのです。薔薇もキレイですが、たんぽぽもキレイです。
人を和ませてくれる事には変わりないのです。




皆様に平和がありますように。🙏




皆様に幸あれ〜😀










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