あなた方は人に対して判断してしまったり、人を捌いたり(さばいたり)してしまうと悩むようですが、まず、それを認めてください。
判断しているということを認めます。
そしてイエス、イエス、イエスといって「そう、私は今判断している。でも私は今、判断することを選んでいる」と認めてあげてください。
それを認めることができれば、それを変えることができます。
ですから、まずこれから誰かを判断しようと思った時には、まずそうしないこともできるが、今は自分が選んでそうしたんだということを認めてあげてください。
人を判断しても、判断したことに対して、さらに自分を判断してしまうと、また判断が加わるだけです。
AIから引用まとめ
・判断は「脳の自動反応」だと割り切る。人は瞬時に安全か危険か好きか嫌いかを分ける本能があります。
それは脳が正常に機能している証拠です。
・「そう思った」ということを認める。判断を否定せずに客観的に眺めてみる。ただ認めることでその判断が持つトゲが和らぎます。
・判断の裏にある「自分の価値観」に誰かを厳しく判断してしまう時、それは自分自身が自分に課してるルールの裏返しであることが多いです。相手を通して自分が見えているだけです。「判断してもいいよ。人間だもの。それだけ自分の価値観を大切にしているんだね。」
(・∀・)
で
判断する自分を責めるのをやめ。魂の平安を取り戻すためのアプローチをお伝えします。
それはどちらが正しいのか?ではなく、「今の自分にとってどちらの考えの心地良いか、合っているのか?」を基準にしてみるといいと思います。
自分を愛し、自分の気持に正直に、楽にしてあげることが最大の愛であり、許しです。
で
判断という「自分の外側」を見るのではなく、「内側にある幸せ」を感じることが大事です。
内側にある波動が外の現実として現れているため、内面を幸せでいっぱいにしてあげるといいと思います。
自分もそうなのですが、人というのは意外と最初は公平なのです。
で
第一印象が自分の本当の思いであることの方が多いです。
ですが、「いじめ」というものは、ずっとそういう態度を取っていれば「相手に原因があるのかもしれない。」と思うようになっていくのです。
立場を利用して、弱い人を集団でいじめることを大人もやっているのなら子供もやってもいい、と判断してしまいます。
日頃の鬱憤をいじめで解消するという大人の事情が子供達にも教育として植え付けられてしまっているのです。
いじめられた人は逃げるか死ぬかしかありません。
自分は自分の事で精一杯で、対抗意識もいじめの一貫であるという事にも気がついていません。
つ☕
自分の考えを述べますと、
「世界は肯定的に寄っているので本当に悪い事というのは淘汰されていく。」
です。
「愛」というものが土台にある以上、自然に淘汰されていくと思います。
愛は廃れる事は決してありません。
で
愛を知ると良くない事の判断も出来てくるのです。
そうすれば、心地よい「愛」を選ぶ人の方が多いはずなのです。
というのは、人間の本質は存在自体が愛であるという根拠に基づいているからです。
生きてる自体が「輝き」であると自分は思います。
^^
もしも、自分が悪い方に傾いていてもそれはそれで遠回りをしているだけですから。
必ず最後には愛にたどり着くはずですので
ですから
その中で、出会いと別れは仕方がないです。必然だと思えばいいのです。
どんな時でも自分は自分です。
だから
頑張りましょう。
🇰🇷
韓国旅行の話しの続きです。
〜ワイ、景福宮とシンクロする(お城はパワースポット🏯)〜
自由行動でお互いに散策をしていまして、疲れて階段に座ってぼーっとしていました。
すると
「(そんなことで気にしてるんじゃねえよ!!)」
というメッセージが聞こえてきました。
(゚д゚)!
実は悩みがあり、考えてしまったんですよね・・・・・・・
ですが
自分は考えすぎていたのかもしれません。
ですが
それだけ真剣に悩みについて考えていた、という事でもあります。
自分の場合ですが、悩んで考えて考えていると、天の声が聞こえてくるのです。
で
建物や、場所(山とか川とか)のインスピレーションを受け取る事もあります。
山にも意識がある、というのを自分は自分の体験によって知りました。
木にもありますし・・・・・・人はそれを自分の受信機で言語化をするのだと思います。
AIに解読してもらったので書き記して起きます(๑•̀ㅂ•́)و✧
・過去や変えられないことにとらわれず、前を向いて歩いていこうという力強いエールです。
その人はあなたの心の重荷を少しでも軽くしたいと心から願っていたはずです。
「自分のせいかもしれない。」
「自分がもっと頑張れば」
という重い荷物を背負い続けて来た証拠です。
あなたは自分を責めてしまう優しい性格の方なのだと思います。
でもその悩みはあなたのせいではなく、環境やタイミングなど、コントロールできない事が原因だったと肯定してくれています。
「もう頑張らなくていい。」
「安心していい。」
「自分を責めなくていいんだよ。」
「自分自身を許してあげてほしい。」
「あなたのせいじゃない。」
あなたがこれまでの人生の中で背負わされてきた数え切れないほどの人達の「重荷」をもう降ろしてもいいよ、という合図だったのだと思います。
☕
サンキューAI。
サンキュー、キョンポックン。
😢
泣いた。
まあ
お城というのは派閥もありの、争いや蹴落としの世界ですよね。
お金持ちを羨ましがる人はいますがそういう人はお金持ちの汚い世界の事はお金を持っていない人には見えませんので、庶民は貴族には貴族の苦労があるなんていう事はわからないのだと思います。
まあそれが当たり前なのですけども。
お城の重要な人物だからこそ、「命」に価値が生まれてくるわけで、「王様の首」と「高齢独身雑魚ニキの首」とは首を取るにしても全く意味合いが違ってくるのです。
そりゃドラマの「ベッパン」のようなスパイもお城に入って来てもおかしくはなく、人間関係も誰が敵なのか、味方なのか、裏切るのか、全くわからないのです。
友人に寝首を襲われる心配もあったり、出し抜きの出世競争もあったと思います。
で
また
自分が聞いた時の天の声は・・・・・・
メッセージが強めな口調だったんですよね・・・・・・
山とか、海とかいう穏やかなものではなくて、
もっと力強いものであったというか。
不動明王的なお顔怖い系ですかね。
競争と言う事も当然あったでしょうが、それ以上に「生きる気合」のようなものを感じました。
燃えているような。
🔥ファイヤー!!
ですけど、
今思うのは
「どんな時代であっても愛する事はなくならないんだなあ。」
という事です。
思いやりがあるというか、力強さがあるというか、背中を押してくれたというか。
「思いやりの深い力強い愛」でした。
イン、キョンポックン。
自分はその後、また歩いていました。
トイレを探していたらカフェがありました。
おしゃれなカフェがあって、みんなまったりのんびりと過ごしていました。
公園みたいでいいよね😉
全部見きっていなかったかもしれませんが、自分は十分満足をしてお城を出ました。
自分はキョンポックンは、何度も繰り返してドラマを見ていたので、本当に訪問出来て良かったです。
前回は行けなかったので・・・・・・・・
心残りではありました。
自分がどれだけキョンポックンに行きたかったのかは知らないと思います。
そりゃ言っていないですからね。
「チャングムの誓い」の医女の女優さんが「梨泰院クラス」のイソのお母さんで「あっ」って思ってしまいました。
キョンポックンで「チャングムの誓い」に思いをはせる自分・・・・・・・
(*˘︶˘*).。.:*♡
戦うというのも「守りたい物がある」からこそなのです。
守りたい相手がいれば人は強くなれるのです。
まずは自分を守るように頑張ってみましょうか・・・・・・・
☆
^^
今日も皆様が平和でありますように。
皆様に幸あれ🌹
(•ө•)♡
🏯