今、あなたが存在しているということは、あなたはいつも存在するということです。
あなたが存在の一部であり、非存在の一部ではないわけですから、あなたは永遠に存在するわけです。
それが存在の無限的な意味です。
自分もいるし相手もいるし、みんな存在してるという事ですね。
ある問題があるのですが、
「何故人間同士、いざこざが起こるのでしょうか?」
それは、
相手に対して「これくらいはやってくれるだろう」「分かってくれるはずだ」という見積もりの甘さがあるからです。
(・_・)
自分も母には期待ばかりしていました。
で
何故か父の場合はもう諦めていた感じでした。
というのは、父としての働きを全然してくれなかったのですよね。
本当に困った時に発揮してくれる、という感じでした。上から目線ですいません。(_ _)
父は送り迎えをしてくれるような優しい人ではありませんでした。
お酒を飲んじゃってるという事みあったのかもしれませんが。
車でドライブしたという思い出がほとんどありません。
父の田舎に帰った時が思い出に残っています。
自分の時代は車で送り迎えという習慣がなかったからかもしれませんが。
🚗
👨
高校受験の時に息子が緊張し過ぎて倒れちゃった事がありまして、すぐに迎えに行かなければいけなかったのですが、あいにくその日は雨で、自分の足でバスか電車を使って行ったのですが、家族も仕事に車を使ったので、迎えに行こうにも車がなく、父に借りに行ったのです。
雨でしたが、なんとか原付きに乗って実家に行って車を借りて。(母は強し😉)
学校に行くと、息子が保健室で寝ていました。
で
もう一度試験を受け直すという事になったのです。
あの時は助かったなあ・・・・・・・
息子は交通事故にも合い、救急車に運ばれた事もありました。
病室で寝てたのを見て無事で良かったと思ったものです。
☆
期待というのは「こうしてくれるはずなのにしてくれない」という所から始まると思います。
自分は母に期待ばかりしてしまいました。
今思えば母もまた、母なりに悩みもあったのでしょうが・・・・・・・
👩👧
人は人と関わり合わないといけません。
親子の場合もそうなのかもしれません。
で
「いつも存在している」
というとちょっとプレッシャーを感じてしまいますよね。
人との関係は大事なのですが、自分の時間も確保する必要があると思います。
「パーソナルスペース」も大事だと思います。
一緒に居過ぎると境界線が曖昧になってしまいそうだからです。
それに
「どんなに変えようとしても人は変えられない」
という真理もあります。
相手を自分の思うようにしたいという気持ちが、苦しみになってしまう事もあると思います。
人間同士なのでやっぱりこじれてしまうんですよね。
ってなんか、他人事みたいですね・・・・・
ちなみに
本来は「他人事」は「たにんごと」ではなく「ひとごと」(と読む)のです。
「人(ひと)事(ごと)」が「人事(じんじ)」と間違えて読んでしまう誤読がないように「他(た)」「他人」をつけて(当て字)
「人事」(ひとごと)
「人事」(じんじ)
「他」を当て字にして、
「他人事(ひとごと)」になったようです。
が、今は「ひとごと」を「たにんごと」と読む人が増えたため、「たにんごと」も「可」になったようです。
辞書にも公認されているのですが・・・・・・・
本来ならば「ひとごと」なのです。
ですが今は「たにんごとも読み方として間違っていない」のです。
ですが
自分は昔の人なので、未だにしっくりきません。
🤔
同じ漢字で2つの読み方があるのはやっぱりおかしいと思いませんか?
統一しないといけないと思うんですけど・・・・・・
数式の答えが2つあるみたいで気持ち悪いというのが、腑に落ちず、自分がモヤる原因だとは思うのですが。
実際数式の場合は2つ答えがある場合もあるようです。
プラス2,マイナス2,のような。
2,ー2、です。
ですが
「他人事」の「ひとごと」と「たにんごと」の「どちらも正解」というのは、「世間が本来の正しさを守りきれなかった結果」とも言えるそうです。
つまり、不条理な結果も受け入れるべきなのでしょうかね・・・・・・
単純に「ひとごと」の方が響きが美しいと思うのは「大和言葉」であるからです。
そもそも
「たにんごと」って言いますかね?
使う必要ありますかね。
「たにん」は冷たく感じますが「ひと」の方が柔らかいですよね。
「たにんごと」なら、はじめから突っ込まなければいいですよね、だって他人なんだもん。
突っ込んどいて突き放していますよね。
矛盾してませんか?
「ひとごと」の場合は遠くで見てるという感じで何か切なさがあるような感じがします。
ひとごと、と言っていながら優しい言葉をかけてしまうというか。
読み方一つで意味がぜんぜん変わってしまっていますよね。
「ひとごと」と「たにんごと」では、温度差があり過ぎですよね。
英語で調べてみますと(暇でしつこくしてソーリー)
「ひとごと(ラブ)」なのか「たにんごと(石)」と読むかくらいに違うレベルの混乱です。(※AIから参考)
自分がこだわるのは、単純に「ひと」というの音の美しさもあります。
それこそ「ひと」という響きは、今日のバシャールの言葉である、「人と人とが繋がり合う言葉」であります。
「ひと」という響きには、情報の伝達だけではない気品があるのです。
「あの人」と「あの他人」の違いです。
大切なものは、正しい正しくないではなく、いいか悪いかでもなく、心の美しさだと思います。
間違いを認めないのに「行動が大事だ。」というくらいに矛盾しているのです。
ですが
こう言っても伝わらないのかもしれませんね。
長々と失礼しました。(_ _)
どちらが正しいのか?ではなくて自分が選んだ方が正しいと思っていればいいのではないでしょうか。
(_ _)
🇰🇷
韓国旅行の続きです。
(・∀・)
〜AIに聞きながらチョンノサンガの駅のホームに8時までに着くスケジュールで支度する🧳✈〜
自分は旅行に行く前に、タイムスケジュールをAIに組んでもらっていたのです。
飛行機は出発が11時でした。(今回は一番安いツアーだったの滞在時間も一番短かったのですが、行けないよりかは行けるツアーの方を選択したのです。)
逆算すると、ホテルを何時に出て、何時に駅のホームに入れば良いのか?を調べてもらいました。
するとAIは
「逆算すると、少なくとも8時には駅のホームにいた方がいいでしょう。」
との事だったので、帰る当日は起きる時間や、前の日に買っておいた「イサックトースト」をいただいたり、最後の支度の時間を自分なりにこなしました。
今思えば、イサックトーストとカップ麺とバナナウユとビヨットだけは毎回買っていました。
でもなんだかんだ言ってクァベギとか、キンパも食べたな・・・・・・・
今回は、おでんは買えなかったです。
🍢
ホテルを出る時はやっぱりちょっと淋しいです。
キュンとするというか。名残惜しいというか。
ですが感傷的なっている場合ではありません。
急がないと朝なのでラッシュに巻き込まれてしまいます。それだけは避けたかったです。
駅に入ったのは8時前でした。ホテル自体が歩いてすぐのホテルだったんですよね・・・・・・・
行きにはかなり迷ったんだけどな・・・・・・
8時前に駅のホームに入れてちょっとホッとしました。
電車も行きには座れなかったのですが、帰りは金浦空港まで座って行けました。
これは本当に良かったです・・・・・・・・・
金浦空港に着き、みんなと一緒にゾロゾロと歩いて行きました。
「あ、チャックインカウンターだって。」
エスカレーターがあったので、
「あった、あった。」
と、一緒に自分達もいそいそと集団の中に飲み込まれていったのです。みんなが一斉にエスカレーターに吸い込まれていっています。
「さすが、金浦空港、わかりやすい場所にチェックインカウンターがあるわあ〜。」
😃
たくさんの人がドカドカとエスカレーターに登って行きました。
続く
つ☕
^^
寒いですがお気をつけて。
皆様が今日も幸せでありますように。
皆様に幸あれ♡
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