バシャール④

2023年11月08日 08:18

役割りを知ることが飛躍するポイント

自分でできる限りの個性を持った人間になったとき、無論、他の人を犠牲にしてというわけではありません。
自分の個性を100%発揮したときに、全体とひとつになることができるのです。
自分の持つ才能を100%発揮するとき、創造のすべての部分がそこで満たされます。
それによって、創造の部分に触れる事が出来るのです。
自分の持っている境界の、本当にギリギリのところまで近づく事ができます。
この境界線は、みなさんの頭の中の定義づけでできています。



感覚でお話ししますと、私達は実は自分の役割が何であるのかは薄っすらとわかっているのではないかと思うのです。
小さい時に親を笑わせる能力、駄目になってる親を励ます能力、手伝いをしてお駄賃を貰うこと喜びを感じたり絵を描いて部屋に貼ってもらったり、おつかいに一緒に行ったり車の渋滞で楽しませる能力、電車で大人しく目的地に移動する能力、そんなの普通だよというのも、出来ない人もいますので、適応能力というのは、大事なことであり、和を大事にする日本国民にとってはみんな必要な能力です。
些細な事だと思うかもしれないですが、些細な事こそ大事なことだと思います。
お金が金欠だった時に100円玉が救った事は、あると思います。
些細な事の毎日の積み重ねだと思います。
10キロ急に痩せる事は、出来ません。
いきなりステーキという奇をてらった店のようにいきなりステーキが食べられるわけでもありません。
創造物、人も含めて、自分の役割りを100%発揮するとき、創造すべての部分がそこで満たされる、とありますが体で例えるともとい、体だと差別になるかもしれないので、車に例えると、ブレーキもアクセルもワイパーも、窓もハンドルも全部無ければ走れませんよね。
部品も小さくても一つも無駄なく必要ですよね。
「自分はドアの部品なんだ、だから価値がない。ハンドルはいいなあ。
という考えは人間特有なのではないかと思います。
代わりはいないのですから、ドアの部品も同じくらい価値があるのです。
そこに気付いたら後の人生は勝ったも同然
自分はこれだから駄目なんだーっていうのもう止めにしましょうよ。
ここに書かれているのは、ギリギリまで近づく事ができる、とありますが、自分の解釈で言うと、軽自動車のドアの部品だったけど、ロールス・ロイスのドアの部品にシフト・チェンジする事もできるよ!っていう事だと思います。
そのシフト・チェンジは許されるようです。
が、軽自動車のハンドルは不可能でしょう。
軽自動車も同じ人生で、良いも悪いもありません。
捉え方次第です。
日本航空でも良い
Peach航空でも良い
既になっているのが自分です。
それに気付いたら後の人生は勝ったも同然
です。
追い求めなくても済むからです。
自分探しして時間を無駄につかわないように。

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