あなたが「もうくたびれたよ。もっと努力もなしに楽に幸せになりたいんだ。」
と言えば、宇宙は「そうかそうか、じゃあ今度はそれで助けてあげるよ。」と言います。
バシャールの言う「降参(サレンダー)」は、努力を放棄する事ではなく、
「エゴが結果をコントロールしようとするのをやめる事」
を指します。
自分も
「もう疲れた。楽に幸せになりたい。」
って思います。(・_・)
多くの人が
「こうなれば幸せになれる」
という特定の形に執着し、必死に現実を動かそうとします。
ですが、バシャールは、
「エゴが考える”最高の形”は、ハイヤーセルフから見れば非常に限定的です。」
と説いています。
「降参する」とは、自分のエゴが「どうやって、いつ、どのような形で」幸せがくるべきかを指定するのを手放すという事です。
結果、あなたにとって「真に最適な形」で幸せが届くスペースが生まれます。
^^
で
いつものお決まりのパターンなのですが、エゴを手放す方法というのが、
「自分に今出来る最大のワクワクを実行する事」
です。
健康的な事をするとか、逆に不健康な事をするとか、それは自分が一番ワクワクする事に従って決めればいいと思います。
小さな出来事は繋がりを持たせるのです。
それは何に?
「人と繋ぐ宇宙の偶然、シンクロニシティやラッキー」
にです。
で
他人が人を陥れたり下げたりしようが、その人が目標を決めてしまえば邪魔も障害もむしろプラスに働いてしまうわけです。
つまり
「一時的なフィクションは一時的でしかないもの」
だと自分は思います。
「そこに信念があるかどうか」
だと思います。
成功してしまう人は人が引き離そうとしても、一旦引き下がっても何年後でも成功してしまうものです。
「成功するのに時間は関係ない」
自分にもエゴはありますので(他人が成功してほしくない)と思ってしまう事もあります。
ですが、
基本、「他人が他人の人生を包囲する」という事は精神的にも物理的にも不可能なのです。
24時間監視していても脱獄犯は後を絶ちません。
つまり何処かに抜け穴が必ずあり、逃げる人に開かれているのです。
ほんの一分間の空間の隙間から抜け出してしまうのです。
悪い人がそうであるのなら、いい人の守護は比較にならないと思います。
🌈
「あの人に成功してほしくない」
と、人を支配している最中は支配しているように見えているのですが、それもいっときの事であると自分は思います。
一時は自分も怖くて悪の味方をするでしょう。
ですが、元々人には光を持って生まれて来ている事を忘れてはいけないのです。
悪に傾いたふりをしているだけだと思えばいいです。
人には「公平さ」というバランスがある天秤があり、「どちらが本当は正しいのか?」を心ではわかっているからです。
それに邪魔する人というのは味を占めて何回も邪魔しに来ますよね。
悔しいですが、邪魔されて駄目になったものは、最初から駄目だったという意味に取ってもいいと思います。
早かれ遅かれ駄目になっていたのです。
自分もイケメン韓国人と交流出来たのですが、残念ながら終わってしまいました。😢
ですので他人の人生をああだのこうだの言う事自体がナンセンスなのですよね。
たまたま仲良くなっただけでした・・・・・・・😢
期待しては裏切られる人生・・・・・・・・・・😢
ですけど、エゴは全員持っています。
人間は嫉妬という要らない装備を持たされて生まれて来ています。
「エゴの罠に入らずに抵抗せずに欲しい物を物質化していく」
と、言う事、これが地球に生まれた私達のミッションでもあります。
結婚したいなら結婚すればいいし、したくなければしなくていい。
後悔先立たず。
後悔しても戻らないのです。
ですので、後悔のない生き方をしていった方がいいかなぁ。
と自分は思います。
エゴは自分を苦しめるものです。
いいものではないのです。
「エゴを出さずこだわり(結果)を手放して宇宙の流れに任せてみる」
まぁ
「それが出来ないから困っているんだよ🤬」
って声も聞こえますけど。
😁
自分もそうですから。
全部出来ているわけでもなく、出来ない事ばかりです。
引き寄せの法則では
「わがままになれ」
とも言われていますが、エゴは捨てるんじゃないの?どっちなの?🤔
って思いますよね。
AIによると、
「他人を蹴落としてまでも自分の思い通りにする」というわがままではなく、
「正直になれ」
という意味らしいです。
「あいつに勝ちたい」
というのは、エゴのわがままです。
本当の意味のわがままというのは、
「私は私で楽しむ!」
という風にワクワクする事をしてあげる事です。
自分も人を気にして自由に振る舞えない事が多々あります。
大人しくしていれば、なんとかやり過ごせるという長女特有の保守的な考え方なのかもしれませんが、そうすると
「何を考えているのかわからないからちょっと気まずい」
という風に捉えられてしまったり。
良かれと思ってした事が裏目に出たり、という事はしょっちゅうあります。
自分のように、生育歴もその人の重要な手がかりである事は間違いはないのです。
ですが、そういう生育歴は努力をすれば完全とまではいかないかもしれませんが、少しは改める事は出来るのです。
よく
「変わりたいと本気で思えば半分は目標が達成されている」
と言われるように、”決意”決めることが半分以上、重要になってくるのではないのでしょうか?
わがままに慣れていない人にとってわがままになるのはとても恐いことだと思います。
「こんな服を着たら人からジロジロ見られるかも。」
「自分だけお昼ご飯を食べに行ったら(外食したら)ズルいって言われるかも。」
「好きじゃないけど仲良くしなくちゃ。」
など、我慢している事が通常な人ですといきなりわがままになれと言われてもどうしたらいいのか?は難しいのです。
「礼儀正しくしなくちゃ。」
というのも自分を抑えてしまう人のタイプの特徴だと思います。
バシャールはそういうような自分を出せない人に対して
「もっと自由に振る舞っていいんだよ」
「もっと自分を優先していいんだよ」
と言ってくれているのかもしれません。
「もっと努力もなしに楽に幸せになりたいんだ」
これは決してわがままを言っているわけではないのです。
自分が出来る努力はちゃんとして、その上で
「結果は宇宙にお任せする」
という事だと思います。
そうしますと無理な力が消え、自然と本来の幸せな状態に戻っていくのです。
まぁ
何事も我慢は良くないって事ですかね😉
つ☕
^^
自分は楽にお金持ちになりたいですね😝
なれますように😝
🇰🇷
韓国人の特徴の「ハン」と「ジョン」の事をここで書いたら好評だったので、続編です🇰🇷
ワイの韓国愛🇰🇷がようやく伝わったのかも・・・・・・
😢
「心と心が繋がる」
まさにそれが「ジョン」の真髄です。
読者の皆さんも心のどこかで、温かい繋がりを求めているからかもしれません。
一度その懐に入ると、損得抜きで助け合う「ジョン」の深さについて、は、
自分は「共感力」の事なのではないか?と思います。
で
自分は多くの日本人が、実は心の中で「韓国人のような{ジョン(情)}」に飢えているという事を感じたのです。
日本人は「他人に迷惑をかけてはいけない」という意識が強すぎて、辛い時でも一人で抱え込んでしまいます。
ですが本当は「誰か私の異変に気づいて割って入ってきてほしい」と願う人が多いのではないでしょうか。
「ケンチャナヨ」は、壁を壊して手を繋いでくれる言葉だと思います。
これが韓国人の「ジョン(情)」というものなのですね。
「心配しなくていいよ。」
この全肯定してくれる「ジョン」という愛情に日本人は飢えているのではないか?と。
日本人と韓国人の性格の違いというのは、歴史的な背景が関係してくるのかもしれません。
韓国人は相手が困っているのを見ると放っておけないらしいです。
むしろ
「助けて」
と、相手が困っている事がわかった時に「韓国人のジョンが発動」するらしいです。
で、
〜日本人が韓国人の「ジョン」🇰🇷をもらえる方法を、自分が考えてみた〜
「ジョン」は、韓国の人々にとって心の(基本ソフト)のようなものなので、基本的には誰もが持っている感覚だそうです。
1・誰にでもあるけど「スイッチ」がある。一度身内(ウリ)だと認識したりすると、急激に「ジョン」のスイッチが入ります。
🤖ロボットかな?
スイッチ入りました、カチッ。
😀
2・お節介と紙一重。「ジョン」は{境界線を超えて踏み込む力}なので、お節介に感じる事もありますが、「相手を放おっておけない」という温かさがあるからこそです。日本人の「遠慮」とは真逆になるようです。
3・悪い人でも「ジョン」には弱い。気難しい人や、口が悪い人でも「ジョン」を向けられると、一番の味方になる、という韓国ドラマの描写が多いのは、誰もが「ジョン」の心が眠っているからです。
4・困っている人を境界線を超えて助けたいというのが「ジョン」であり、恋愛ではありません。日本人はその濃厚さが「恋愛感情のように見えてしまう」のかもしれませんが、韓国人にとっての「ジョン」は、人間としての根本的な愛着や連帯感に近いらしいです。
5・鎧を脱ぐ。自分を強く見せようとしてしまいますが、困っている人の方が助けやすいみたいです。
「ジョン」の感情を一度体験すると、世界の見え方が変わるくらいになります。
(個人的な感想です。)
🧐カルチャーショックかな?
「我慢しなければ」「耐えれば何とかなるだろう」という張り詰めた思いを「ジョン」の光(優しさ)は溶かしていきます。
日本人は「我慢をするのが美徳」なのですが、逆に韓国では、「感情でぶつかってく」「素直な気持ちを出す」事が「アミョ」といって、受け入れられるそうです。
「嫉妬してる、悔しい。」
ではなくて、
「自分も愛が欲しいんだ。」
と、強がるのをやめると韓国人の「ジョン」を体験出来るかもしれません。
愛が「自分を見てほしい」という個人的な感情なのに対して、「ジョン」は、「この人と自分は繋がっている」という運命共同体のような感覚らしいです。
「切っても切れない。ずっと続く縁」が「ジョン」です。
一度「ジョン」で結ばれた関係は、少々の嵐では壊れないようです。
韓国では「愛は冷めても、ジョンで生きる」という言葉があるくらい、強固な絆になるようです。
それは「歳月を重ねていき確実な実績になっていくから」なのです。
お互いに言葉や時間を超えた「心の歴史」を刻むのです。
ですので、簡単に消えないようです。
例えると
「親戚愛」
が一番近いみたいです。
他人でも「オッパ」「オンニ」「アボジ」「オモニ」と呼ぶように、
その呼び方は「あなたを家族だと思って大切に思っていますよ」というジョンを込めた言い方なのだそうです。
愛は恋愛だけではなく、「親戚のような離れていてもまたすぐに仲良くなれるような愛」も人生にあればとても温かい人生になっていくと思います。
自分は肉親とは母親は特に上手く行かなかったので、人見知りをしてしまうのですが・・・・・・・
Blogを読んでいる人も「ジョン」のお節介が羨ましいと思うのではないでしょうか・・・・・・・・
ですが、
韓国人も人間ですので、メリットを含めての「ジョン」もあるかもしれません。
それに「縁」ばかりはどうにもならず、どんなに自分が願っても「縁」自体が宇宙の法則的な自然的なものであり、近づいては離れるものであります。
ですので、
「自分が一生懸命に生きてた時」に「ジョン」という韓国特有の愛の周波数に繋がれるのではないでしょうか。
🇰🇷
韓国人の「ジョン」が発動されるという事は、「信頼出来るに値する時間」の経過加減も大事な要素になってくるのかもしれません。
「ジョン」は全員にプレゼント出来るという安いものではない、という事でもありますね。
😉
韓国人の「ジョン」が欲しい人に「ジョン」が与えられますように。
🙏
今日も皆様が平和でありますように。
皆様に幸あれ🌹
🌹
^^