すべてのワクワクする気持ちというのは、すべての他のワクワクするものにつながっています。
糸みたいなものです。
自分でその時、自分にできるかぎりワクワクするようなことをしていれば、その糸にそって、今できないものも、だんだんとそこから発生してできるようになってきます。
非常ににおかしいくらい、簡単なのです。
あまりにも簡単すぎて、この文明はなかなかそれを理解してくれません。
なぜなら、この文明では、そんなに素晴らしいものはそんなに簡単に手に入るはずがないと信じられているからです。
バシャールはこう言います。
「複雑さは思考が作り出した幻想にすぎません。真理は常にシンプルです。」
まぁそうは言っても・・・・・・・・
ほとんどの人は納得出来ないでしょう。
で、
「あまりにも簡単すぎて、この文明はなかなかそれを理解してくれません。」
と言っていますね。
では
何故みんなが納得しないのか?と言いますと、
・「世の中はそんなに甘くない」と思う人が多いから。
世の中の多くの人は、これまで「努力」と「我慢」で自分の居場所を必死に守ってきました。
そんな時に「ワクワクするだけでいいんですよ」と言われると、自分のこれまでの苦労が否定されたような気分になり、無意識に反発心が湧いてしまいます。
「自分はこんなに苦労しているのに、楽しむだけでうまくいくなんて、不公平だ!」
という感情的なブロックが働くのです。
・「証明が出来ないから」
学校の勉強のように「教科書を読めば正解が書いてある」ものではなく、自分で自分を実験台にして飛び込んでみるしかありません。
多くの人は、「まず証拠を見せてくれたら信じるよ」と言いますが、この世界は「信じて行動した人だけに後から結果が現れる」仕組みになっています。
この順番の逆転が、論理的な施工を持つ人には納得しがたいのです。
・「自分」を信じるのが一番難しいから。
「ワクワクに従う」というのは、究極的には「自分という存在を100%信頼する」という事です。
でも私達は「自分よりも偉い人の言う事や、世間の常識を信じなさい」と教育されてきました。
みんなを納得させる必要はありません。
本当は自分が「楽しそうな姿」を見せる事によって、「どうしてそんなに楽しそうなの?」と、聞きにくるという風になっていくと。
納得というのは、説得してさせるものではなく、自分の楽しそうな姿を見て勝手に相手の中に生まれるものなのです。
ひとりひとりの「ユニークさ」や「自分だけのやり方」を大切にしているからこそ、放たれているエネルギーは強くなります。
バシャール的に言えばひとりひとりが自分の波動に正直であればあるほど、その光に引き寄せられて人が集まってくるのは物理現象のようなものです。
私達は苦労=価値がある、という思い込みがあります。
で
「仕事に関係するワクワクだけが、成功につながる」
とか
「今やっている遊びは、将来の役には立たない」
と思ってしまうのです。
仕事は仕事、遊びは遊び、と自分が自ら分けているのです。
が、
バシャールは「ワクワクの性質に違いはない」と言います。
コーヒーを丁寧に入れて飲むというワクワクも、大きなビジネスを動かすワクワクも、宇宙から見れば同じ「本来の自分への合図」です。
小さなワクワクに従って行動すると、そのエネルギーが呼び水となり、次に進むべき大きなワクワクの扉が自動的に開くようになっています。
何度も言いますが、バシャールは、
「ワクワクとは単なる感情ではなく、本来の自分と調和していることを示す物理的なサインです。」
と言います。
バシャールが言いたい事は、
「原因と結果」
「努力と報酬」
という古い思い込みを真っ向から否定するものです。
物理的と精神的というのは繋がっている、というのは自分も同感です。
ですが、そもそも
「いじめられた人が幸せになれる」という事はあるのでしょうか?
いじめられたから幸せになれる、という言い方は唐突過ぎるかもしれませんが・・・・・・
実は自分の知り合いの子供ががいじめをしてた事があったのです。
で
親が学校に呼ばれたらしいです。
で、先生と話をしたりしていじめについて話あったという事です。
自分の世代では「モンスターペアレント」という言葉が流行り始めた時期でしたので、学校に子供がいじめられた、と言いに来る親が増えてきていた時代だったのかもしれません。
自分の子供たちも色々とやらかしてくれていたので、学校から電話がかかってきてた事もありました。
で
いじめられてた子供の親が警察に被害届を出したみたいなのです。
自分が聞いた話では、いじめてた子供の親達も呼ばれて警察まで行ったらしいです。
その話しはいじめがあったクラスに子供もいたので、詳しい事はよくわかりませんが、
(この後の話しがメインです。)
最近自分はネットで、家を見ていた時の事ですが(不動産の中古住宅です)
「あれ」
見ていますと自分の学区の周辺の中古物件にいじめられていた子の家があったのです。
いじめられてた子と自分の子供も仲良くしていたので、家は自分は知っていました。
山の方なのですが、自分の学区の場合、山には高級住宅街があったりしている場所だったのです。
昔の作りというか、平面がガレージ(駐車場)になっていて、階段を登って一階に(玄関から家に)入るという作りの家がズラッと並んでいるような地域です。
今はかなり少なくなりましたが、植木屋さんが多かったのかな。
駐車場で運動くらいは出来るようなお家で。
その家が売りに出されていたのです。
「え」
いじめられてた子も自分の子供と同級生だったはずなのに、そこに住んでいない?
で
びっくりするくらいの安さで売られていました。
金額を言っていいのかわかりませんが、(こういう時高く言った方がいいの?)
中古マンションや田舎の戸建て、リノベーション物件くらいですかね。
700万円で売られていたのです。
子供が家を継がなかったのか、とか、こんなに安く売ってたというショックの方が大きかったです。
何か事情があったのかなぁ。
つまり
「いじめ」はいじめっ子が100%悪い、という理論ですといじめられっこが後々には幸せになれるという理論になるはずなのですが、実際の現実はそうではないわけですよね。
ということは、
「原因と結果」
という法則は角度によって結果が違うという事です。
自分が聞いた話しでは、いじめられてたというだけですが、その背景にはもっと自分も知らないような複雑な事情があって結局そういうような結果になってた、という風に解釈せざるをえないのです。
大きく見て、
「いじめられっこのおじいさんがお金持ちの社長で社員をいじめまくってた」
とか、
「家のしつけが厳しくて結果子供がいじめられっこになってしまった」
というような、「原因と結果」論はあるのかもしれません。
自分は”子どもの同級生の中古物件”を見つけただけなので、安易な判断は偏見があるのかもしれません。
ですが
上手く言えませんが、運が悪い人というのはずっとそれを続けているのではないか?と思ってしまったのです。
🤔
ですので
自分がこの事に関して思った事は
「不運を人のせいにしない事」
が一番大事な考え方になっていくのだと思います。
ここの説明は今回は簡単になってしまいましたが、もっと掘り下げていきたいと思います。
「被害者に入りたがる」というパターンは自分で抜け出すべき課題だと思います。
だって
やっぱり被害者のままでは嫌でしょ?
つ☕
( T_T)\(^-^ )
被害者から皆さんが抜け出す事ができますように。
皆様が今日も平和でありますように。
皆様に幸あれ🌹
🌹
^^