他人があなたをどう思うかは、あなたの問題ではありません。
それは彼らの問題です。
この言葉は、自分の中では、”わかっているけど同じ失敗を何回も繰り返してしまう”というパターンが該当されてしまいます。
相手が自分を侮辱したり、無視したりするのは、相手の心の中にある「不平不満」や「無力感」の投影です。
ですので、本当は相手の「ゴミ箱」になる必要はないのです。
まぁ
自分を侮辱するような人が何を言おうと、宇宙が認めた私達の存在は”存在してる事実という価値はある”わけです。
ですので相手に(勝とうという)必要も本当はないのです。
で
「あの人が自分を苦しめることができる」
と思うと苦しくなってしまうので、
「あの人は私を傷つける力は持っていない」
と、定義を変えてあげれば、自分の気持は少しは楽になると思います。
で
自分の中の「不快感」を、「あ、これは私のせいじゃない。あの人の問題だ。」と切り離して、自分をホッとさせてあげる事を優先するといいそうです。
「自分の解釈次第」
という場合も多々あります。
「嫌だ!」
と思うより、
「今自分は苦しいんだな。」
と認めてあげる方がいいみたいです。
苦しいのは宇宙が「それは違う方向だよ」というサインでもある、と言われています。
「苦しいなんて思っちゃいけない」
「平気なふりをしなければ」
そういう風に振る舞う世の中の常識らしい思想があります。
大人になったら、男性なら、職場なら・・・・・・・泣いたり喚いたりする事が良くない事だという常識みたいなものがあります。
が、実際侮辱されたら人間ですからやっぱり辛いものは辛いのです。
「あぁ、自分は今、あの卑怯な態度が本当に苦しくて嫌なんだな」
と認めると、バラバラだったエネルギーが自分の中に戻ってきます。
自分に声をかけてあげる例として、
「自分は今、苦しみを感じている。それだけ、自分を大切にしたいと思っているんだね。」
というのが、良いようです。
^^
感情は、しっかり見つめてあげると消えていく性質があります。
自分の中の「苦しい」をなかったようにするのではなく、蓋をするのではなく、その時は人前では無理でも、一人の時に「苦しかったよね」と苦しみを認めてあげて自分を労ってあげるのです。
「苦しい」をなかったことのようにしたり、無視すると、そのエネルギーは体の中に溜まり、また似たような現実(侮辱する人)を引き寄せ続けます。
「苦しい!」をしっかりと感じきると、そのエネルギーは「役割を終えた」として、あなたの元を去っていきます。
何故かと言うとそれを引き起こしたのは自分の間違った思い込みである可能性が非常に高いからなのです。
例えば「お金がなければ幸せになれない」みたいな思い込みです。観念と言います。
ですが、これは必ずそうである、という真実ではありません。
現に途上国の人々は全員不幸なのでしょうか?
で
自分はよく
「相手を許さなきゃ」
と思うのですが、本当はそれは”丸く収める為に自分が我慢をしている”という状態であるようで、良くない事のようです。
「あいつを許さなきゃ」と思うと苦しいならば、「今は絶対に許さない。あいつは最低だ!」と思う方が、今の自分にとっては「マシ」であるのなら、憎まれ口を叩いてもいいのです。
要は「開き直り」です☆
つ☕
^^
「自分は今苦しいんだな」
と認めること。
それがバシャールの言う「ありのままの自分を受け入れる」の第一歩です☆
無理にポジティブになろうとしたり、理屈で解決しようとするよりも、今の自分の感情をそのまま認める方が、実は波動が早く整うようです。
整う・・・・・・・・・サウナーかな?
♨整いました!
なぜ「苦しい」と思う事が大切なのか?というのは、
・「苦しみが余計に固定されてしまう」ので”抵抗する”から感じてあげると良いと。
・何故ならば「自分はそんな風に扱われたくなかった」と気付けるから。
・「あいつがムカつく」と思っていると相手にエネルギーが流れてしまうから。
イエス・キリストも言いますが
「天の国に入る為には、子供のような心でいないといけない」
と言います。
大人になると、感情的になったり”怒る事は良くない”、という常識みたいなものが根強くあります。
まぁ確かに、電車とか、バスの乗り場で大声を上げている大人を見ると目を背けたくなってしまいますが、またそれとは違って自分の意見を言う時とか、協調性を大事にし過ぎて自分の意見が言えない場合の時については、自分の意見を言った方が後々の後悔はなさそうです。
でもまあ
他人を変える事は出来ませんので、自分が線を引くなりして自分の気持を守った方がいいと思います。
自分の意見は自分の意見であってもいいと思います。
それが思い込みであっても、間違いであってもです。
自分とダイレクトに自分のハイヤーセルフ(宇宙)に繋がる事が大事なのかもしれません。
つ☕
^^
自分は神社に行った時、目の前に森があったのですが、妄想だと思ってくれていいのですが、
「過去世で森に頭だけ出して生き埋めにされた事がある」
という映像が見えたのです。
黒い髪、ボサボサヘア、白い肌、女性、ボブ、下膨れ、不美人、和風、森、首だけ残して生き埋め・・・・・・
こういう特徴になりますと、場所は日本である可能性が高いのです。
森を見て思い出してしまいました。
まぁ、過去世でもそういう”生き埋め”なんていう事は思い出したくないかもしれないですね。
自分は、以前から山道とか、田んぼ道とか、田舎道がとにかく恐いと潜在的に思っていたのは、この生き埋めされた時の恐怖が残っていたのだという事をなんとなく理解しました。
「ここで殺されても発見もされないし、目撃者もいない・・・・・・・」
カメラもない時代ですから。
もし、この映像が妄想でなかったら、常に自分がそういう風に思ってしまう思考パターンが紐解かれてきます。
まぁ、
その時も自分は無念で死んでいったのでしょうが。
絶望そのものだったと思います。
思い出したくもない過去世でしたが。
ですけどきっと死んだ自分の顔を拝みに来た人もいただろうなぁと。
最後の方はきっと水分もなくなっててボッサボサな髪をしていたのでしょう。
自分も今自分のボサ髪には悩まされています。
頑張ってもボサボサになってしまうのです。
この”良くない特徴”みたいなものも、過去世からのもので、何か関係があるのかもしれません。
🤔
でも一体自分は何をやらかしたんでしょうね・・・・・・・・(;´Д`)
不美人のくせに調子に乗って相手を裏切ったりしたんだろうなぁと、もしくはお金を盗んだとか。
余程の事がなければ生き埋めにまではしないと思うのです。
👩⛰️🌲👻
自分に限らず嫌がらせをする集団がこういう恐さを利用して待ち伏せしたり、怖がらせてきたりするのかもしれません。
ですけど、脅して怖がらせる集団など、消えてほしいものです。
とはいってもやっぱり屈してしまう人の方が多いと思いますよ。
自分も含め、誰もが危険な目に合いませんように。
今日も皆様に平和がありますように。
皆様に幸あれ🌹
🌹
🌲